チャップリンの命を救った日本人~その2~

おはようございます!

あなたの人生を変える メールコーチ、名倉 正です。

今日は、一昨日の続き チャップリン4部作の2話目です♪(´ε` )

チャップリンの殺害が計画されていた 運命の5月15日の前日、

来日した日の夜のことです 高野さんはホテルへ行く前に、

突然、 皇居前で車を停めます。

そして、 突然 「車から降りて皇居を拝んでください」 とチャップリンにお願いしました。

え!?なにここ、お城? 真っ暗だし何がなんだかわからないけど、、、 (・_・;

「とにかく、拝んでください!」

高野が熱心に言うので

チャップリンは腑に落ちないながらも、 車から降りて皇居に向かって一礼しました。

実はこの時、高野さんは マスコミの車につけられていたことに 気づいていたんです。

だからこそ、 機転をきかせて それを逆手にとって パフォーマンスしたんです。

この「一礼」は当時、 新聞などで大きく報じられたので、 チャップリンの命を狙う者たちの 心証を良くします。

そして、 その翌日、5月15日

犬養首相とチャップリンの会談が 予定されていましたが、

高野さんをとおして 危険を知らされていたチャップリンは 会談を急遽キャンセル。

この日、5・15事件が起こり 犬養首相が暗殺されましたが、

チャップリンは こうして難を逃れることが出来たのです。

無事、 日本を堪能したチャップリンは

「日本のように美しい国はない。

あんな素晴らしいものは、 世界中どこに行ったってありませんね。

それにあの天ぷらのうまさ! 日本はなんでも素晴らしい。

あの歌舞伎の美しさ。

あれだけの広い舞台を 使いこなせるのは日本だけです。

あんな素晴らしい国はない!」

と妻に語っているほど 日本の大ファンになります。

ちなみに、 チャップリンのトレードマーク にもなっているステッキ。

あれは滋賀県産です!

高野さんはチャップリンから 撮影所内に5つの寝室つきの 邸宅までプレゼントされていました。

高野に長男が誕生すると、 チャップリン自ら名付けの親となって、 ミドルネーム「スペンサー」を与えて、

高野スペンサーと命名するほど、 高野さんに親しみを感じていました。

やがて、高野さんは 「撮影所の支配人」 とまで呼ばれる存在になっていきました。

高野は、チャップリンの遺書の中で 相続人の一人に選ばれるほどになります。

1934年に高野が自ら辞任すると、

チャップリンは高野に、 莫大な退職金と、アメリカの映画配給会社 ユナイテッド・アーティスツ社の 日本支社長の地位まで用意します。

世界の喜劇王に 信頼され愛された男

高野 虎市。

彼は、今、目の前にある仕事を 全力でやっていくことで 道を切り開いていきました。

そして、 その魂のこもった志事は、

日米の架け橋にまで なっていきました。

仕事は、 魂を込めた瞬間から 志事になり、 その可能性は無限に拡がっていきます。

それでは、

今日という日を、 思いっきり やりきってみよう! ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

明日は、 チャップリンが世界の喜劇王になることができた 本当の理由をお話します。

おたのしみに~(^^)/

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